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2004.05.21

ロスト・イン・トランスレーション

 ソフィア・コッポラ監督第二作。平日の夜に見に行ったんだけど、映画館の前に着いたのが開演二十五分くらい前だったのに、立ち見かどうかの瀬戸際、というありさま。単館上映だから仕方ないか。私が見に行ったのは四月だが、五月からは都内でも三館上映になります。といっても新宿とか渋谷とはずいぶん離れたところばっかりなんだけど、ほかは。

 で、我々は(友人と見に行ったのだ)、立ち見覚悟で入場したのだけれど、運良く二階席に並んで席を取ることが出来たのだった。ラッキー。

 さて、この映画についてどんな感想を書いたらいいのかなってずっと考えてた。最初はソフィア・コッポラがやっぱりまだちょっと未熟なのかなって思ってたんだけど、翌日になって、じわじわと良さが解ってきた、というか、しっかり体に染みこんでいた、ということが解った。好きな音楽をMDとか使わなくても頭の中で再生できたりするじゃないですか。ああいう感じ。

 ものすごく乱暴ないい方をすると、普通映画を撮るときに発生するノイズのようなもの、邪魔になるようなもの、不必要と思われるもの、そういうものばかりを信じられないほどの繊細さですくい取ってまとめた、というよりも綴じた映画。

 ストーリーらしきものは存在する。東京にやってきたどちらも配偶者のいる、中年の俳優とまだ大学を出たてで結婚二年目の若い女。その二人がたまたま同じ新宿のパーク・ハイアットに止まっていたことから出会い、一週間の期間限定で恋をする、というもの。

 二人はずっと一緒にいて激しい恋に落ちる、というようなものではない。俳優は仕事に来ているのであり、女はカメラマンの夫に付いて東京にやってきたもののジェット・ラグで眠れなかったり、何もすることがなくて部屋の中に閉じこもっていたり、出かけていてもつまらなそうだったり。京都にも日帰りで出かけちゃったりしている。

 でも二人は偶然も手伝って次第に惹かれ合い、彼女の東京の友人たちとハチャメチャなパーティー的夜を過ごして、彼女は初めて心から東京に来て良かったと感じる。

 たぶんその晩から二人は「恋」を感じたのだろう。でもそれは期限付きの、期限付きといっても死とかそういう深刻なことじゃなくて、偶然スケジュールがそうなっているというだけのもの。

 深刻さがあるわけじゃなく、それじゃあ二人はいわゆる行きずりの恋をしたのかというと、もっと深いレベルに置いて惹かれ合っている。そのきっかけは異境の地東京における違和感と寂寥感なのだろうけど、そこから恋愛初期における誰でも感じるハイな感じ、ときめき、を共有し、でもちょっとしたことから気まずい思いをしたりする。でもそのことこそ、二人が本当に惹かれあっているということだ。と当たり前のことを断定口調で述べるのはちょっと恥ずかしいですね。

 何しろ東京です。私が生まれ育った街。彼女がパーク・ハイアットから眺める東京の街は、まるで東京の残像のようです。あるいはディレイ(遅延)が掛かっているように見えます。クリアなんだけど、違和感のある風景。

 ちょっとだけ、初めて私がロンドンの街を歩いたときのことを思い出しました。初めても何も、その一度だけしかロンドンへは行ったことがないのですが。

 それにしても、ビル・マーレイは本当に素晴らしかった。ソフィア・コッポラが彼でなくてはこの映画は撮れない、と言ったのも良く分かります。スカーレット・ヨハンソンもキュートで良かったし。

 そして、音楽がやっぱり素晴らしかった。途中のカラオケのシーンで誰かが「風をあつめて」を歌っていたところとか、絶妙でした。でも、カラオケで「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」を歌われたときは一瞬赤面してしまいました。というのも私の持ち歌だったりするからです。友人のつよしくんからは「日本でいちばんパンクだ」と言われているわたくし。

 そして、エンディングロールのところでケヴィン・シールズの歌とか流れたりするんですけど、その直前、映画のラストで流れるのがジザメリの「サイコ・キャンディ」だったりするので泣きそうになりましたね。ソフィア・コッポラと同年代以上でないと解らないかもしれないけど。

 エンディングロールの途中で席を立っていってしまった人たちが結構いたけど、その人たちは大変な損をしたと思います。というのも、最後に流れたのがはっぴいえんどの「風をあつめて」だったからです。そう、あの曲こそがあの映画の締めくくりにぴったりだったからです。壊れやすいもの、ほんの一瞬しか目にとまらないもの、両手を使ってもこぼれてしまう砂のようなもの、そんなものを象徴しているように聴こえたからです。

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Comments

今外から歩きながら書いてる。

先週渋谷行ったけど、以前にもまして映画館の前は長い列ができてたよ

早めに行ってよかった

Posted by: つヨ | 2004.05.21 09:31 PM

トラックバック、ありがとうございます。

ちょっとクールなようで、実は内側に熱いものを抱えてるような、そんな映画評ですね。自分の駄文が、少々恥ずかしくなります。

傑作と呼ぶには抵抗があるけれど、自分の中に、大切にとっておきたくなるような映画だったと思います。

またいい映画に出会ったら、教えてください。

Posted by: yuji | 2004.06.06 10:56 PM

yujiさま、コメントありがとうございます。

そうですね、傑作、というよりも、何かとても私的な映画、という気がしています。個人的には、なんというか、ものすごくこころを揺さぶられてしまったんです。それも少し時間をおいてから。

映画はあんまり見ないのですが、私の感想が、もし何かの参考にでもなれば幸いです。ちなみに、次に見る予定はキューティーハニーだったりします……

Posted by: まいまい | 2004.06.06 11:10 PM

カラオケの場面で二人が外へ出ているとき歌われていた歌、そして映画のいちばん最後に流れた歌を知らない人が検索かけてきたりしているようなので、書いておきます。

あれは、70年代に活躍(といっても短期間)した、「はっぴいえんど」というバンドの「風をあつめて」という曲です。

そのほか、二人でタクシーに乗ってるときにかかる曲(マイ・ブラディ・バレンタインの「サムタイムズ」)とか、分かれて空港に向かうときにかかる曲(ジーザス&メリーチェーンの「サイコキャンディ」) とか、気になる曲がいくつもあると思うんですが、そういう方はもしよろしければサントラを買ってみてください。「これは!」という一曲が見つかるかもしれません。

Posted by: まいまい | 2004.06.11 12:51 AM

はじめまして。私の稚拙な感想文にTBをありがとうございます!
文章能力に大きな差こそあれ(^_^;)、
まいまいさんの興味の方向性には共感するところが多いと感じます。
私も『のだめ〜』は1巻を読んだばかり、
次は『キューティーハニー』を観に行こうと思い、
ほぼ日デリ版を拾い読みし、
腐女子・ちずちゃんの復活を待っています。
『ロスト・イン・トランスレーション:』はもちろん、
最近観た映画はかなりの確率で「当たり」でした。
またこんな映画に出会えるといいなぁと思っております。

Posted by: 110 | 2004.06.21 06:42 PM

110さま、コメントありがとうございました。

最近トラックバックに凝っているのですけど
(というか積極的に使ってみようと試行錯誤しているところなのですが)、
自分の書いた記事とだいたい一致する内容で、「ああ、そう、
そういう感じ!」みたいな記事を探してトラックバック
しています。

110さまも『のだめ』お読みなのですね!
あまりにツボにはまったのでもったいなくて大人買いは
やめました。少しずつ、最低三回ずつ読んでゆっくり
読んでいこうと思っています。

『キューティーハニー』は良かったんですよ~。
映画館ががらがらなのが悔しかったです。

ほぼ日デリ版は、こちらに気力がないときでも送ってきて
くれるので、重宝しています。

ちずちゃんは、みんな心配してるんでしょうね。でも、
きっとまた元気な姿で復活してくれると思います。

ソフィア・コッポラについては『バージン・スーサイド』
を見ていないので、とりあえず遡って見てみたいと思います。

今しばらく忙しいので、少し時間ができたら何を見ようかと
考えているところです。

Posted by: まいまい | 2004.06.21 11:22 PM

初めまして。chiikoです。
この映画、ほんといいですよね。もう一度見たいです。
今度は新宿で見たいなと思います。
私は長年トーキョーに住むストレンジャーなので、二人に共感する部分が多かったです。
いつかここからいなくなってしまうという感覚。

まいまいさんは文章をよく書く方なのですね。
これからも記事の更新を楽しみにしています。
では!

Posted by: chiiko | 2004.06.23 06:57 AM

chiikoさま、コメントありがとうございます。

新宿は、生まれてこの方いちばん近い「街」で、
不思議なねじれた感覚を味わいました。
でもそれは嫌な感じじゃなくて、感想では「遅延」と書きましたが、
自分の背中を見ている感覚、と言ったほうがわかりやすいかもしれません。

試写会は新宿で行われたそうです。ちょっと羨ましいです。

私にはほんとうの意味でのストレンジャーとしての感覚、
というのは分からないと思うのですが
(他の土地に住んだことがないのです)、
でもあの「限られた時間」というのがそれなのかな、
と思ったりもします。

文章は、つい長くなってしまいます……
でもよろしければまたいらしてくださいね。

Posted by: まいまい | 2004.06.23 09:35 PM

どうも、トラックバックありがとうございます。この映画、日本人の描写がふざけているとか、どうでもいいことをウダウダ言う人も多いようで「そういうことじゃないだろうよ〜」とがっかりしていた中、まいまい様などの感想を読んで、やっとすがすがしい気持ちになりました。
最後に「サイコ・キャンディ」泣けましたね。あと、"God Save The Queen" で赤面というのにも笑いました。
京都のシーンでのAIRもよかった。もう一度音楽に意識を置いて観たいです。
また遊びにきます。攻殻機動隊も好きなので。

Posted by: ブニャンシカ | 2004.06.27 02:53 AM

トラックバックありがとうございました。

> もっと深いレベルに置いて惹かれ合っている。

ええ、そうでしたね。私の記事では、「束の間心を通わせた」ってあっさりした表現をしちゃってますけど。

> まるで東京の残像のようです。
> クリアなんだけど、違和感のある風景。

はい。私は、「無機質だけど綺麗」と書きました。
「孤独感」をとても上手く映像で表現してたという事ですよね。

それに、音楽にもお詳しいんですね。凄いです。
私がタイトルを知っていたのは、「風をあつめて」だけでした。

Posted by: SavaBigi | 2004.06.27 04:46 AM

ブニャンシカさま、コメントありがとうございます。

あの映画は、何といいますか、「お約束」とか「リアリティ」で見てしまうと、よく分からない映画になってしまうような気がするのですよね。

個人的には、それを発見できるかどうかで評価が変わってしまうような気がします。

音楽良かったですよね。サントラお持ちですか?サントラだけでもかなり良い感じでした。サントラを手に入れたのはかなり以前のことで、それ以来、映画の公開をずっと待ってました。このサントラならいけるって確信してました。

どうぞまたいらしてくださいね。

Posted by: まいまい | 2004.06.27 03:36 PM

SavaBigiさま、コメントありがとうございます。

おっしゃるとおり、表現は違っていますが、同じようなことを感じていらしたのだなと思ってトラックバックさせて頂きました。

音楽は……実は好きなミュージシャンが十数年ぶりで歌を歌っている!というのがこの映画を見るきっかけだったんです。だから最初にサントラを聴いて、素晴らしい出来だったので、映画もきっとそうに違いないと思ったんです。

そして、実際そのとおりだったのです。

Posted by: まいまい | 2004.06.27 03:43 PM

初めまして☆
「ロスト・イン・トランスレーション」でこちらまでやってきました。
私はラスト・シーンでぐっときました。
なんだか素敵な映画でしたね。
トラバはらせてもらいました。

Posted by: ともっち | 2004.07.23 01:22 PM

ともっちさま、コメント&トラックバックありがとうございます。

いろいろな方のレビューを読んだのですが、人によってずいぶん違っていて、ああ、そういう映画なんだ、と納得してしまいました。いろいろな見方ができる、というよりも、提示しているものがストーリーとかそういうものじゃないんだって。

ともっちさまのレビューで引用されていたソフィア・コッポラの言葉通りの映画なんでしょうね。

そして、そこが素敵なんですよね。

Posted by: まいまい | 2004.07.24 12:25 AM

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