”ハウリングヴォイス”吉田アミさんを迎えた、ライヴと佐々木敦さんとの対談のイベント。佐々木さんが毎回いろいろなミュージシャンを迎えての催しらしい。らしい、というのはこのイベントを知ったのが吉田アミさん方面からだったから。
昨日の対談で初めて知ったのだが、世の中にはヴォイス・パフォーマーと呼ばれる人たちがいるらしくて、吉田アミさんも大きな枠で括ればその中に入るのかもしれない。でも、私はもう少し違った目で見ている。
吉田アミさんのライヴを始めて見たのは二年くらい前のとあるイベントで、私の隣に座っていた人が突然ステージに歩いていって、ラップトップ・コンピューターとあとなんだか忘れたけどとにかく三人で演奏を始めた。ちょっと遠くに座っていたのと、ステージが暗かったのとで何をやっているのかよく分からなかったし(「演奏」が分からなかったという意味じゃなくて、どういう作業をしているのか分からなかった、という意味)、どこまでが声で、どこまでがそれ以外の機械の出している音なのか分からなかった。
その、隣に座っていた人が吉田アミさんだった。そして、この種の(という言い方は適切ではないのだが、便宜上)ライヴを聴いた最初だった。
さて昨日。寒風吹き荒ぶ中をアップリンクファクトリーへ。行くのは初めて。普通のビルのワンフロア。ライヴハウスでもないし、不思議な空間。適当にくつろぐ。BGMはもうすぐ発売になるカリフォルニアドールズ(すごいネーミングだと思う)。素晴らしすぎて、今年発売になったアルバムのベストワンに唐突に決定。まだ手に入れてないけど。
やがてライヴが始まる。吉田アミさんの大傑作アルバム『虎鶫』は聴いていたけど(断片の集積でできている)、連続したソロの演奏を聴くのは初めて。
圧巻。永遠に聴いていたい気持ちに駆られる。CDだけでは分からなかった「演奏方法」も見ることができた(手を口に当てたり喉に当てたり。それがどんな効果をもたらしているのかは私にはよく分からないが、ひとつ謎が解けたような気がした)。
後の対談でも語られていたが、「感情」が排除されている。「音」だ。その、「音」が心地よさというよりも脳の普段アクセスしない場所にアクセスして私の中に不思議な感情を引き起こす。
もちろんそこには「快感」といった要素も含まれてはいるのだが、それよりももっと大きな別の何かが主要な成分を占めていた。それが何であるのかは、この種の(という言い方は嫌いなんだよほんとうに)、あるいは吉田アミさんのライヴ�もう少し聴かないと言葉に変換できないんじゃないかと思う。そして、CDからは伝わってこない何かが確かにそこにはあった。
やっぱりライヴはいいね。
後半は佐々木敦さんとの対談。佐々木敦さんをこの目で見るのは初めてだったので、それもとても嬉しい出来事。
しかし、佐々木敦さんと吉田アミさんが十年来の知り合いだというのは少々驚き。そのとき吉田アミさんはまだ十代後半。
対談の内容は、どのようにして現在の吉田アミさんができたか。大きく分けて、ヴォイス・パフォーマーとしての面、ユニット(astro twin、cosms)、そしてカリフォルニアドールズについて。
とても全部書けないし、私が書く意味もないので、キーワードだけ(もちろん録音してたわけじゃないのでそういう意味のことをおっしゃっていた、と取って頂きたい)。「ヴォイス・パフォーマーはきつい、つらい」「カリフォルニア・ドールズをやることで人格が統合された」「子供時代は一人っ子だったのでひとりトランプとかをしていた」「楽器もお金もないので必然的に『声』ということになった。MTRとかなかったのでラジカセで手と足を使って録音していた」などなど。
あ、なんかあの対談の雰囲気がうまく伝わっていないな。後半に行くに従ってテンションが上がってきて、場内爆笑の嵐、という場面が何度もあった。対談自体、ものすごく音楽的に深い内容から、お互いの過去の暴露合戦みたいになったりで、ものすごく興味深かったし、楽しかった。
日曜日午後6時から下北のショップJET SETでのカリフォルニア・ドールズのライヴも、身体がぶっ壊れていない限り見に行きます。で、CDを購入して謎の特典の正体を明らかにしたいと思います。