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2004.12.31

『TRIP ON JAZZ』飛頭/吉田アミ@(高円寺)円盤(2004/12/29)

 すっかり吉田アミさんの追っかけとなっている今日この頃。こちらの都合ともうまく合ってしまうので、どうしてもそういうことになってしまう。

 やっぱり『虎鶫』でやられて、アップリンクファクトリーのソロでとどめを刺されたというところか。

 カリフォルニアドールズのライヴもやって欲しいです。来年は是非。
「円盤」は初めて行くスペース。ウェブサイトを見ても何となくイメージが掴めなかったけど、入ってみてすぐに理解。小さなビルの一室に、バーのカウンターがあったりCDの棚があったり、そしてちょうど店に入ったとき、リハーサルの真っ最中だった。微妙に得した気分でCDの置いてある棚へ。すごい。田中角栄の講演CDとか売ってた。買おうかと思ってしまったが、年内はもうCDを買わないことにしてあったのでまた今度。他にも興味深いCDがいろいろ。JET SETといい、いろいろなスペースに足を運ぶと、メジャーな店では絶対にお目にかかれないようなCDがたくさんあって嬉しい。個性派CDショップ巡りはまた来年だな。自主制作とか中古なら、一万円も使えば、結構な枚数が買えてしまう。聴く時間がないのが問題だが。

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2004.12.30

『走れメルス 少女の唇からはダイナマイト!』NODA・MAP 第十回公演(2004/12/28)

 とりあえず、海を隔てた「こちら岸」と「向こう岸」の世界があって、メイン・ポジションを占める両岸の男女のペア以外はすべて一人二役。

 二つの世界を隔てるのは海だけではない。重要なのは「鏡」だ。

 私に書けるのはそこまで。ネタバレするしね。

 ところで演劇はものすごく久しぶりで、野田さんのを見るのはたぶん二度目くらいだと思うのだけど、みんなあんまり早口なので最初なかなかせりふを聞き取れなかった。それが残念。みんな笑ってるのにひとりだけ聞き取れなくて笑えなかったり。

 もっとも、人の言葉を聞き取るのは昔から苦手なのだ。

 でも途中から慣れてきて、世界にハマることができた。野田さんはやっぱり凄いなと思った。見ていて面白かったし、余韻を残させるし、そして嫌でも考えさせられる。いや、考えさせなくてもいいのかもしれないけど、野田さんの魅力のひとつはやっぱりそこにあると思うのだ。って二度くらいしか見たことないのに偉そうなこと書くなよ。

 鏡、鏡、鏡、鏡、鏡、鏡、鏡、…………

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2004.12.25

宍戸幸司@(下北沢)lete (2004/12/23)

「割礼」のギター&ボーカリスト、宍戸幸司のワンマンライヴ。割礼は名古屋で結成され、当時はもっと長い名前のバンドだった。どんな名前か知りたい人は適当に検索して調べてください。

 割礼が活動を始めたのは確か80年代の半ば。名古屋時代のことは知らない。ファーストアルバムを出したのがたぶん86年、その後「LIVE'88」という当時の壮絶な演奏を収めた傑作アルバムを出し、ビクターから二枚のアルバムを発表、その後90年代の始めに掛けて三人編成からゲストを迎えた大人数の演奏形態へと変化、ひとつのピークを迎える。その頃のライヴの模様は「LIVE9091」(カバーは天野可淡の人形の写真)に収録されている。

 私が唯一割礼のライヴを見に行ったのは、たぶんその少し前だったと思う。場所はたぶんラ・ママ。当時は品行方正だったので、ラメ入りのウィグを被った少女たちや、「ライヴ服」に身を包んだ人たちが恐ろしかった。ものすごい場違い感。

 バンドはキーボードを入れた四人編成。宍戸さんはあのギター(といって分かる人がどのくらいいるか分からないけど。あのギターの正体を知ってる人がいたら教えて)を携えて登場。

 悪くはなかったけど、クワトロとかインクスティック芝浦(覚えてる人いる?)に通っていたようなヤツだったので、どこか馴染めない感じがあった。

 それからいろいろあって割礼とはすっかり離れてしまっていた。もうすっかり活動していないと思っていた時期もあった。

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2004.12.19

カリフォルニアドールズ インストアライヴ@下北沢JET SET

 カリフォルニアドールズとは、先日アップリンクファクトリーでライヴ&トークを拝聴した吉田アミさんと、和田ちひろさんのユニット……である(後述)。

 この文章のこの箇所に追加するのもちょっと妙だけど人目に付きやすいように。カリフォルニアドールズのオフィシャルサイトで「JET SETインストアライブ&トーク」の様子を見ることができます。お二人の麗しきご尊顔を是非ご覧あれ。

 日曜日だし下北だしということで少し早めに行って買い物でもしようかなと思っていたら思わぬ仕事が天から降ってきて、出掛けたのはぎりぎりと言わずともあまり余裕のない時刻。買い物など無理〜。

 さて、私は下北沢が苦手である。なぜか。一度行ったことのある店にもう一度行こうとしてたどり着けないほど街が複雑怪奇だからだ。暇つぶしにはもってこいかもしれないが。

 で、案の定迷った。というか途方もなく遠くまで行ってしまった。傍らをバスが通り過ぎていく。

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2004.12.18

UNKNOWNMIX RETURNS VOL.2 14: meets 吉田アミ@アップリンクファクトリー(2004/12/16)

”ハウリングヴォイス”吉田アミさんを迎えた、ライヴと佐々木敦さんとの対談のイベント。佐々木さんが毎回いろいろなミュージシャンを迎えての催しらしい。らしい、というのはこのイベントを知ったのが吉田アミさん方面からだったから。

 昨日の対談で初めて知ったのだが、世の中にはヴォイス・パフォーマーと呼ばれる人たちがいるらしくて、吉田アミさんも大きな枠で括ればその中に入るのかもしれない。でも、私はもう少し違った目で見ている。

 吉田アミさんのライヴを始めて見たのは二年くらい前のとあるイベントで、私の隣に座っていた人が突然ステージに歩いていって、ラップトップ・コンピューターとあとなんだか忘れたけどとにかく三人で演奏を始めた。ちょっと遠くに座っていたのと、ステージが暗かったのとで何をやっているのかよく分からなかったし(「演奏」が分からなかったという意味じゃなくて、どういう作業をしているのか分からなかった、という意味)、どこまでが声で、どこまでがそれ以外の機械の出している音なのか分からなかった。

 その、隣に座っていた人が吉田アミさんだった。そして、この種の(という言い方は適切ではないのだが、便宜上)ライヴを聴いた最初だった。

 さて昨日。寒風吹き荒ぶ中をアップリンクファクトリーへ。行くのは初めて。普通のビルのワンフロア。ライヴハウスでもないし、不思議な空間。適当にくつろぐ。BGMはもうすぐ発売になるカリフォルニアドールズ(すごいネーミングだと思う)。素晴らしすぎて、今年発売になったアルバムのベストワンに唐突に決定。まだ手に入れてないけど。

 やがてライヴが始まる。吉田アミさんの大傑作アルバム『虎鶫』は聴いていたけど(断片の集積でできている)、連続したソロの演奏を聴くのは初めて。

 圧巻。永遠に聴いていたい気持ちに駆られる。CDだけでは分からなかった「演奏方法」も見ることができた(手を口に当てたり喉に当てたり。それがどんな効果をもたらしているのかは私にはよく分からないが、ひとつ謎が解けたような気がした)。

 後の対談でも語られていたが、「感情」が排除されている。「音」だ。その、「音」が心地よさというよりも脳の普段アクセスしない場所にアクセスして私の中に不思議な感情を引き起こす。

 もちろんそこには「快感」といった要素も含まれてはいるのだが、それよりももっと大きな別の何かが主要な成分を占めていた。それが何であるのかは、この種の(という言い方は嫌いなんだよほんとうに)、あるいは吉田アミさんのライヴ�もう少し聴かないと言葉に変換できないんじゃないかと思う。そして、CDからは伝わってこない何かが確かにそこにはあった。

 やっぱりライヴはいいね。


 後半は佐々木敦さんとの対談。佐々木敦さんをこの目で見るのは初めてだったので、それもとても嬉しい出来事。

 しかし、佐々木敦さんと吉田アミさんが十年来の知り合いだというのは少々驚き。そのとき吉田アミさんはまだ十代後半。

 対談の内容は、どのようにして現在の吉田アミさんができたか。大きく分けて、ヴォイス・パフォーマーとしての面、ユニット(astro twin、cosms)、そしてカリフォルニアドールズについて。

 とても全部書けないし、私が書く意味もないので、キーワードだけ(もちろん録音してたわけじゃないのでそういう意味のことをおっしゃっていた、と取って頂きたい)。「ヴォイス・パフォーマーはきつい、つらい」「カリフォルニア・ドールズをやることで人格が統合された」「子供時代は一人っ子だったのでひとりトランプとかをしていた」「楽器もお金もないので必然的に『声』ということになった。MTRとかなかったのでラジカセで手と足を使って録音していた」などなど。

 あ、なんかあの対談の雰囲気がうまく伝わっていないな。後半に行くに従ってテンションが上がってきて、場内爆笑の嵐、という場面が何度もあった。対談自体、ものすごく音楽的に深い内容から、お互いの過去の暴露合戦みたいになったりで、ものすごく興味深かったし、楽しかった。

 日曜日午後6時から下北のショップJET SETでのカリフォルニア・ドールズのライヴも、身体がぶっ壊れていない限り見に行きます。で、CDを購入して謎の特典の正体を明らかにしたいと思います。

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2004.12.13

『END OF THE CENTURY』

 ラモーンズのドキュメンタリー映画。

 オリジナル・メンバーも平気でインタビューに答えたりしてるんだけど、実はドラマーを除いてすべて他界している。みんな五十前後だったと思う。

 バンドにありがちなメンバー間の確執、脱退、各メンバーの抱えている問題(酒・ドラッグ・強迫神経症・女・などなど)が、過去のことのせいか割と淡々と語られていく。だが、時々言葉に詰まりながら。

 NYCのCBGBでデビューするのだが、そのサウンドはそれまでにない革新的なものだった。それがパンクロックの始まりだった、と言えるのはいまだからこそ。

 しかし国内ではちっともレコードが売れず、うんざりするようなツアーを続ける羽目に。そして彼らの影響を受けたバンドのレコードは売れる。

 海外では話は別だ。英国ではものすごく受けた。英国でのエピソードで凄いのは、ラモーンズ、ピストルズ、クラッシュの三つのバンドが一同に会した瞬間があったというもの。ジョニー・ロットンはラモーンズに殴られるんじゃないかと怯えていたとか。ジョニーのほうが見た目は怖いけどな。シドほどじゃないとしても。

 結局バンドは商業的に成功しないまま解散する。21年の活動の後。後にロックの殿堂入りを果たす。偉大だが貧乏から抜け出せなかったラモーンズ。

 初期の映像が残っていて、それを見ることができたが、エネルギーに満ちていて、まさにロックンロール。パンク。スタイルもだけど、何といっても音が。ラウドであることは素晴らしい(難聴になるけどね)。

 ラモーンズやあの頃のパンクロックのファンは必見。それ以外の人は見てもあまりよく分からないと思う。

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2004.12.06

攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG #17, #18 (9)

 #17 RED DATA
 #18 TRANCE PARENT

 今回は海外編。#17は草薙が台湾へクゼの情報を探りに、#18ではベルリンで国際的テロリストの身柄を拘束しようというもの。ちなみに#18の日本語タイトルは「天使の詩」。これって「ベルリン天使の詩」のパクリじゃん。「ベルリン〜」は見たことないけどね。友達は何度見ても途中で寝てしまうといっていた。

 以下ネタバレ。

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2004.12.05

フィッシュマンズ・コンプリート!

 私以外にとってはどうでもいいことだけど、フィッシュマンズの現在入手可能なCD、DVDを本日コンプリートいたしました。

 思ったよりもずっと大変でした。在庫切れとかいろいろあって。主にネットで買いましたが、お店に出向いたりもしました。

 欲しいと思っていたCDとか本なんかはそのうち買おうと思っているうちに廃盤になったり絶版になったりしてしまいます。

 まだ出回っているうちに、借金してでも買いましょう。買おうと思っていた某CDシングルは、とんでもないプレミアがついて、とてもじゃないけど買える値段じゃなくなってしまっていました。

 フィッシュマンズはこれからゆっくり聴いていきます。ポニーキャニオン時代のアルバムは一枚も聴いたことがないので楽しみです。有名な曲がたくさん入ってるし。

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2004.12.04

ココロノアリカ11@FAB(2004/11/30)

 未映子さんについてはすでに書いたので、それ以外の方について。

 SSRI効果のせいじゃなくて、どの方もとてもよかった。思わず普段書かないアンケートを書きまくってしまった。これはSSRI効果かもしれない(SSRI=抗鬱剤)。

 みんな5曲ずつ(Pigeon's Milkさんは6曲だったような気も……記憶違いの可能性も。メモ取りながら聞いてる訳じゃないから。そんなもったいないことできない)。だいたいどの方も3曲目くらいから本格的にエンジンが掛かる。複数のミュージシャンが出るライヴの場合、最低5曲は必要ということになるのだろう。

 未映子さんの次は川越春奈さん。フライヤーの写真はちょっと思い詰めてる系の怖い人ってイメージに見えちゃうんだけど(ごめんなさい)出てきたご本人はどちらかというとぱふぱふしていた。バックにキーボードとギター、本人もアコースティックギター(ほんとはエレアコってやつなんだけどさ)。ギターを持たないで歌った曲も。初期から中期のボニー・ピンクをちょっと思い出させる感じ(似ているということではない)。ライヴ終了後にアンケートを手渡したら、無料のシングルCDを自ら手渡してくださった。「SCAR」という曲。ライヴでもその曲をやっていて、いちばん好きだったかもしれない。

 次がPigeon's Milkさん。フライヤーの写真通りの方でした。未映子さんがMCでしゃべっているのを聴いて頭の中が真っ白ですと最初におっしゃっていた。バックはキーボードとチェロ。あの日の中でいちばんぱふぱふの方だった。微妙に80年代矢野顕子のぱふぱふ部分を抽出した、という感じ。矢野顕子と似ているわけではない。いちばん好きだったのは「幸せのクリームシチュー」(曲名違うかもしれない。サイトのディスコグラフィーに載っていなかったし。新しく出るアルバムに収録されるのかもしれない)と、「りんご」。「幸せのクリームシチュー」はわたくし的にはほんとうに名曲でした。

 最後が伊藤サチコさん。ピアノ弾き語り。フライヤーの写真よりも凝縮されたイメージ。1曲目、2曲目と弾き語りで聴いていて、ピュアなイメージを持ったのだけど、3曲目は打ち込みと弾き語りのシンクロだったんだけど、いきなり別世界へと運ばれてしまった。「赤い魚」って曲なのかな? 急にディープな歌へと変貌を遂げ、そのまま最後まで。思わずアルバムを買っトしまいました。サインもしてもらいました。握手もしてもらいました。関係ないけど最近握手付いているような気が。

 伊藤サチコさんのアルバム『ぼくの場所』はまだ聴いてません。多忙&体力不足の中をライヴに行くだけでせいいっぱいで、今日は風邪をひいて仕事サボっちゃいました。ほんとは今日も遊びに行くはずだったのです。でも、たまにはさぼらないと、SSRIがいくらでも私を動かしてしまうからちょうどいいのです。

 落ち着いたら、アルバム、ゆっくり聴かせて頂きます。

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2004.12.01

未映子@表参道FAB(2004/11/30)

 未映子さんは魂を歌っているのだと直感した。

 この日は「ココロノアリカ11」というイベントで未映子さんを含めて四人の女性ばかりのアーティストが登場したのだが、未映子さん以外の初めて聴いた方たちについては日を改めて。できれば明日。あのときの空気が頭の中に残っているうちに。

 未映子さんはいちばん最初の登場。フォークギターとキーボードを従えて。

 いつも通りの圧倒的な歌と、声。でも、これまでに聴いたどのライヴとも少し違っていた。何か微妙なこころの震えのようなものが伝わってきた(後で述べるけど、否定的な意味で述べているのではない)。そして、歌い始める前に精神を集中させるように顔を押さえたり、間奏や歌が終わったときには泣き出しそうに、あるいは悔しそうに見えた(あくまでも私にそう見えた、ということなのだけど)。

 もちろん未映子さんがどんなことを思ったり感じたりしていたのかはわからない。でも、自分自身にピントが合っていないように感じているように、あるいは思い通りにならない苦しみのようなものが垣間見えたような気がした。

 ジャンルとしては未映子さんの音楽は「ポップス」に括られてしまうのだろうけど(未映子さんの日記じゃないけど、私たちは経済活動から自由になれない。もちろん音楽の「ジャンル」や「カテゴライズ」も経済活動なのだけど、そこに介在しているのは皮肉にも「歌」を作っているのと同じ「ことば」なのだ)、未映子さんの歌手やソングライターとしてのスタンスはブルースに近いのではないだろうか。そのときの自分自身を全身全霊を傾けて歌い上げること、あるいは自分の魂を曝け出してしまうという点において。

 未映子さんは、自分はなんにも知らないとおっしゃっていたけど、「世界の秘密」に触れている(知っている、ではない)数少ない一人なのだから(たぶん一時的な気の迷いだと思うのだけど)気にする必要はないだろうと私などは思うのだ。

 苦しみを、あるいは気持ちの違和感を、悲しみを、そのまま歌ってしまうということ。これは勇気があることとかそういうことじゃなくて、「そういうふうに生まれついてしまった(遺伝子について語っているわけじゃなくて、比喩として)」ということなのだ。

 そういう未映子さんを私は全面的に支持するし、信頼する(よく間違う人がいるけど、「信頼」の逆は「絶望」であって、「裏切り」ではない。「裏切りの」逆は「期待」だ)。

 私は、千回同じ曲を歌ったら、そのすべてが違って聞こえるような歌手を信頼する。生きていて、全く同じこころの状態になることは(不思議なことだェ)絶対にない。もしあったとしても、私たちはそれに気付くことができない。気付いた時点でそれは全く別の何物かに変わってしまうからだ。未映子さんはたぶんそういうことを歌える歌手なのだ。

 最後の「悲しみを撃つ手」は、未映子さんのぼろぼろかもしれない魂が凝縮されていて、これまでに聴いた中でいちばん私のこころに直接伝わってきた。「ことば」と「音」でできている歌が、まるでことばも空気もない世界で伝わってくるように。涙は出て来なかったけど、心の中では泣けてしまっていた。

 未映子さんがこの文章を読むことがあるかどうかはわからないけど(ネット上ではそういう偶然も否定できない)、未映子さんが自分の魂を歌うことを余儀なくされた(それは業かもしれないのだけど)、ほんとうに希有なシンガーであって、「経済活動」とか、「ことば」とか、そういうものに翻弄されてしまったとしても、自分自信を信じて歌い続けて欲しい、と切に願うのでした。

 さらに願わくば、私のことばがこの拙文を読んだすべての方たちに正確に伝わりますように。

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