『おひさま』種ともこ
だいぶ前の作品のレビューばかりだけど、まあいろいろあって、ようやくいろいろ書けるようになってきたのです。
「世代」ではなく「年代」。この差は大きい。両者の関係への批判がこのアルバムにはちょっとした仕掛けとして仕組まれている。と思う。
たとえば、「ウィー・アー・ザ・ワールド」の嘘くささ。その嘘の素材とされてしまったあまたの楽器やフレーズたち。 あれにノれないような人たちは、影で「fxxk off!」とかささやいていたという事実。わたしもそうだけどね。
ホッピー(神山)くんも種ちゃんもその世界がいかに嘘くさく変えられていってしまったか、という過程を目の当たりにしちゃったので、普通のポップスの文法ではどうにもならないことを熟知している。
ちなみに式典にしちゃうような連中は何も見ていないのだ。いかに取り繕うか。古今東西もっとも楽しい見物であるかもしれない。よくわからん人はマルクスでも読んで欲しい。マルクス兄弟もおすすめだが、チャップリンは一度くらいは見ておくべきだろう。特にスラップスティックなやつ。「黄金狂時代」では本当に革靴を食べて腹をこわしたという有名な逸話があった。
だから、このアルバムはこれ以上ないほどピュアなのだけど、空中二回ひねりくらいしている。
「我らが世代」なんて連中はもうその時点でだめなのだ。リユニオンも完全には否定しないが同窓会の域を出ない。ジョン・ライドンはそのことを熟知した上でやってるのだと思うけどね。
種さんの場合、過去への感傷と未来への不安を認めつつも、先へ進むという潔さというか、むしろ強靭さを持っているので、感傷がいわゆる感傷で終わらないし、将来についても「漠然とした不安」なんていわない。
ずっと聴いているけど、自分自身この歳まで生きるとは思わなかったし、種さんが毎回凄みのあるアルバムを出してくるので、そう簡単に死んでいられないのである。
